これはもう日記と言いつつ、今日という日とほとんど関係のない話になる。
昔祖父から狐の話を聞いた。いまはもう亡くなった祖父は、タクシーの運転手をしていて、お客さんと話す中でその狐の話を聞いたらしい。どういう経緯で狐の話になったのか、ほとんど憶えていない。ただ、私の住む関東に狐はいるのか、という幼い私の疑問がきっかけになったのは憶えている。
その話はいま考えれば眉唾物としか言いようのない話だけど、当時は可笑しくも真実だと思っていた。それを以下に記す。
その人は夜道を歩いていた。田んぼの側の道で、とても暗かった。と、そこにひとりの女性が立っていて、その人に話しかけたという。
「饅頭はいりませんか」
女性の手には、まっしろの饅頭がのっていて、その人にはとても美味しそうに見えたそうだ。饅頭をもらって食べた。美味しい、美味しいとその人はいくつも言いながら、女性から饅頭を手渡され食べた。
饅頭を頬張っていると、なにをしているんだとすごい剣幕で知り合いがやってきて詰め寄った。その人は言う。
「饅頭をもらってね、食べてるんだよ」
「なにを言ってるんだ、よく見ろ」
その人の手にのっていたのは、馬糞だった。しかも、その人は田んぼのなかに突っ立っていた。田んぼに入った記憶はなかったという。一緒にいた女性は知り合いが現れたときには消えてしまったいた。
なにがなんだか信じられないまま連れられ夜道を歩く。ことの次第を聞いた知り合いが言った。
「お前は狐に化かされたんだよ」
おしまい。
正確な祖父の言葉は憶えていないが、話の筋はこうだったと思っている。饅頭が馬糞だった、というのを子供の頃とても気に入っていた。話としてできすぎている気がするから、創作されたものを祖父から聞いたのかもしれない。
余談だが、祖父からは別の狐の話を聞いていて、こっちは化けたりもしない、動物としての狐のことを思い出した。祖父が言うには、私が住んでいる地域にも昔は狐が当たり前のように生活していたらしい。山のほうの土崖に穴があって、その中には狐の一家がいたという。ホンドギツネという種類の狐で、毛皮が綺麗に光を反射する。その毛が太陽の光にさらされると七色に変化するというのだ。おそらく祖父が言いたかったのは、いま思えば水たまりに広がる油が見せるような七色だったのだろう。しかし幼かった私は虹を想像して赤や青、黄色に緑と変化する狐を夢みていた。その後親が購入してくれた動物図鑑に七色の狐はおらず、ひどく落胆したものだ。それでもいまも、狐と聞くと七色に光る狐を思い浮かべる。